2度目のシドニー

シドニーの心象地理をふんだんにあしらった旅行記

 

 2020年の2月ごろ、まだコロナが世界中に蔓延する前に、シンガポールを経由してシドニーに行った。私にとっては初めての一人旅で、旅先をシドニーにした理由は、親戚が住んでいて、部屋が空いているというだけの理由だった。シドニーに行くのはこれで2度目で、1度目は高校2年の時に研修旅行と称した団体旅行できたのみであった。その時のシドニーの印象は、海に面した都会でというくらいで、あとはオーストラリアの動物がたくさん見られる動物園や水族館など、施設内の印象が断片的に残っていた。2度目のシドニーに行くモチベーションは、2月という寒い時期に、暖かいところでリラックスしたいということ、慣れてきたらツアーを探して参加してみようといったくらいであった。

 シドニーに着くと、修学旅行の時とは全く異なる印象を抱くことになった。海辺の観光地という印象だったが、シドニーの中心部に位置する観光地など、3日もあれば見尽くせるほどであった。1か月の滞在を通して、シドニーという町は、観光地というよりも、仕事をしに行っている人が多いように感じた。平均の通勤退勤のラッシュと土日の観光客のラッシュを繰り返しているうちに、脳内でシドニーと東京を比較するようになっていった。東京と比較した時、シドニーのイメージとして濃厚に刻まれた印象は、日本とは異なる地形である。具体的には、広大な敷地面積を生かした建築、岩を切り崩して作って様な地形、それと坂の多さである。仕事場であると同時に生活の場であり、憩いの場であり、観光地でもある。さらにそれが比較的少ない人数で、多様な人によって成り立っている。同じく元イギリス領である香港の高校に通っていたことがあるため、似たような地名や、ドルという通貨の単位に懐かしさを感じた。しかし香港とも全く異なる。香港が「怪しげに積み上げられたおもちゃ箱」のような都市であるのに対し、シドニーは、「爽やかで平面的」である。前者から解説すると、香港は昼も夜も細い道に人がはびこり、高い建物で複雑に地形が入り組んでいる。それは一見怪しいが興味をそそられるのである。後者に述べたシドニーの方は、道が広く、人口密度もそこまで高くなく、庭を整え、テラス席での食事を好む人々の雰囲気を抽象的に表現した。イギリスに行ったことはないが、さながらイギリスの飛び地の様である。イギリス領であっても両者のように全く異なるのは、混ざった文化の違いと、地理的な特徴の違いではないかと思っている。香港は中国ととても近いため、文化的にも政治的にも中国の影響を色濃く受けている。しかしシドニーはそうではない。広大なオーストラリアという大陸の一部であり、そこにはアジア系以上に、トルコ料理など、ヨーロッパの料理も多くみられたからである。